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2020年01月13日

後悔

昔、家には「ぺス」という雑種の犬がいました。


ペットショップで買った覚えもなく、家にいた時にはある程度の大きさの犬だったから


たぶんどこからか拾ってきた野良犬だったと思います。


人にも慣れていて可愛かったのですが、その頃まだ小学1年生か2年生くらいで小っちゃかった私は


毎日、学校から帰ってくる私を見て走って飛びついてくるぺスがちょっと怖くて


見つからないように帰宅していたのを覚えています。


散歩に連れて行っても、ぺスの力に負けてしまう私は、散歩中に他の犬と会う事を恐れて


たぶん散歩も嫌がったのではないかと思うのです。


ある日、夜に両親が車で外出して、次の日から「ぺス」はいなくなってしまったのです。


どこか帰って来れないところに連れて行って置いてきたのだと


おとなになってから思い当たるのです。


可愛そうなことをしてしまったと思い出しては


ぺスはどうしただろうと心を痛めても


もう取り返すこともできなくて


もうちょっと私がおとなだったら、きちんと飼って上げられたと思うと


申し訳ないという思いに心がいっぱいになってしまうのです。


それ以外にも動物が好きであちこちから子猫を見つけては拾ってくる私に両親も


困っていたようで、拾ってきてはその子猫を他の人に上げてしまって


いつもなんで他の人にあげちゃうのかといつも私は不満に思っていたのです。


その可愛い子猫も他で可愛がってくれるというところにもらわれていって


その後、交通事故で死んでしまったというニュースを聞いて母親を責めたものです。


「だから、あげないで、家でずっと飼ってあげればよかったのに」


でも、それは母親とかのせいではなく、私がもっと大人で、もっときちんと飼っていたなら


きちんと世話をしていたら


そんなことにはならなかったのではないかと


思い出しては、後悔の念で悲しい気持ちになるのです。


今、twitterでペットをきちんと飼わない人を責めているけれど


それは自分の子供の頃とは言え、昔の自分の姿だったという思いが


きっと今、せめてもの罪滅ぼしに、猫たちを助けて


恵まれないワンちゃんたちを助けるように拡散したり


毛布やバスタオルを保護施設に送ったり、


保護猫を譲渡してもらって飼っているのは


そのせいなんだろうと思い当たるのです。


せめてもの罪滅ぼしをしないといられないのです。


自分が死ぬまでに、たくさんの犬や猫を助けて


虹の橋を渡った時に、子供の頃につらい思いをさせてしまった「ぺス」や


たくさんの飼ってあげれなかった子猫たちに胸を張って会えるように


たくさんの命を助けないとと


心のどこかにくすぶっている思いがあって


困っている猫やお腹をすかせている猫を見たら助けよう。


野良犬がいたら、警察や保健所に連れていかないで飼い主が見つかるまで面倒をみようと


心に決めているのです。


せめてもの償いに。


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ラベル:保護動物
posted by マミー at 23:55| Comment(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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